まだ見ぬあなた、拍手ありがとうございます。


私の心は数年前に壊れた。
今あるのは見せかけの心。
それでも、心であることに変わりないらしい。
最近、とてもとても苦しい。
なかなか職場に行けない。
どう頑張っても行けない。

私が「死にたい」と言って、彼はその言葉を流していた。
スマートフォンを見ながら「ふぅん」と言った。
私はそのことが悲しくて、余計に死にたくなった。
この人に訴えても、まともに取り合ってくれないのだと思った。
後日、彼は「死にたい」と言っている人に「死なないで」なんて言えない。
なんて声をかければ良いのか分からなかったんだ。ともらした。
彼は涙を流していた。


私は最近、You Tubeを開くことがある。
高校、大学時代に聴いていた音楽を聴いている。
Cocco、SEKAI NO OWARIなど。
それらの曲に触れると、今でも涙が溢れてくる。
見せかけの心だけど、ちゃんと涙は流れる。
そのことに、少し安心する。


現実を見なければならない。
今の仕事に行けないのであれば、別の場所を探さなければならない。
主治医は、障害者雇用と作業所の間のところがあれば良い。と言った。
おそらく就労継続支援A型のことであろう。
そのA型を私はインターネットで探している。
引越し先から近くて、長く作業が出来るところ。
時給が良いところ。

私はこのまま駄目になってしまうのだろうか。
ずるずると仕事が出来ないままなのだろうか。

学生の頃は、物書きに憧れていた。
見せかけの心になった今も、それは少なからずある。
言葉も知らない私が、物書きになれるのだろうか。
需要はあるのだろうか。
チャレンジしてみたら良いのか。
どうやってチャレンジすれば良いのか。
調べてみる必要がある。

見せかけの心でも、ちゃんと生活していかなければならない。
とても厄介だけれど、仕方がない。
この世に発生してしまった以上、生きて行かなければならない。
大変だけど、ね。