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Priceless smile.

 普段は通り過ぎるだけの廊下に張られた購買部のチラシに、その日は何となく目が止まった。

 そのまま、ふらっと購買部に立ち寄る。
色んな生徒が色々な物を売買している様子は、最早お馴染みと言うものだろう。

 適当に商品を見て回るが、コレと言った品物が見付からない。

 さて、どうしたものか?
と首を巡らせた瞬間に1人の購買部員と目が合ってしまう。

 不味い、と悟った時には既に購買部員は満面の笑顔を向けていた。

 「いらっしゃい!
いやぁこの商品に目を付けるなんて、君も中々センスが良いね!!」

 室内なのに何故か赤いサンバイザーを着けた部員は嬉々として話し掛けてくる。

 「いや……ちょっと視界に入っただけで、買うつもりは……ーー」
「うんうん。
やっぱり良いよね、コレ!わかるわかる」

 (駄目だ、全然コッチの話を聞いて無いぞ?)

 「こんなのプレゼントされたら、女の子は絶対喜ぶに決まってるもんね!」
「え」

 思わず声が洩れ、俺は横目でそれを眺めやる。

 商品棚に置かれていた物は大きさ順に並ぶ、茶色のやけに柔らかそうな生地と黒く大きな瞳、首には赤いリボンを巻いたーー

 熊の縫いぐるみ。
いわゆるテディベア……と呼ばれる物なのだろうか?

 確かに、女子は好きな気がしないでも無い。
しかし、俺は更に大きな衝撃を受ける。

 (高っ!?)

 思わず値段を凝視してしまう。

(1、10、100……いやいや落ち着け、そんな大きなサイズのは要らないだろ!!
手頃な……せめて中くらいの……)

 縫いぐるみを神妙な顔で眺める様なんて、傍目痛い奴だと普段なら冷めたツッコミの1つでも入れただろうが、残念ながら当時の俺にそんな余裕は無い。

 「あ〜、今ならコレとセットで割引してるけど?」

 …………この時ほど、購買部員に対して複雑な感情を自覚した事は無かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 中くらい、とはいえラッピングされた縫いぐるみを片手にしながら廊下を進む。

 とにかく、一刻も早く自室へ戻ろうと足早に角を曲がろうとした瞬間、見慣れた姿を視界が捉えた。

 「きゃっ!?」
「お……っと!? ごめん、大丈夫か?」

 体を捻って衝突を回避したが、驚いた彼女の髪が揺れる。

 「……えぇ……ごめんなさい……」
「いや、ぼんやりしてた俺が悪い」

 申し訳なさそうにする鳴狐に返って反省が胸を刺す。
下手したら怪我させる所だったし。

 「……それ……」

 ふと、鳴狐の視線を感じて手元を見る。
包装用の袋、まぁ、男子生徒の趣味じゃない。

 「あ!? いや、これはその……!」
「……最近……流行ってるらしいわね……」

 しどろもどろになる俺とは反対に、鳴狐は淡く笑みを浮かべた。

 (やばい。 やばい、何か誤解……どうしたら!?)

 挙動不審になりそうな勢いで焦る。
そんな俺を暫く見つめて居た鳴狐が口を開く。

 「……彼女にプレゼントかしら……?」
「違うっ!!」

 思ったより大きな声が出て、鳴狐も俺自身も驚いた。
周りの生徒が興味本意な視線を投げるもので、わざとらしく咳払いを1つ演じる。

 「これ……心音になんだ」

 声を落とし、何故か目線を外しながら正直な用途を口にした。

 「……妹さんに……?」

 不思議そうな声色に、頷く。

 「あんまり実家帰れないから。
この前寂しいって言ってたし、でも何か良いの見付からなくてな」

 数ヶ月前の短期帰省から学園に戻る時に、涙を浮かべて手を振っていた小さな姿。
本当なら一緒に居たいが、我が儘を言わない妹の思いを考えると、何とかしてやりたくなる物だ。

 「……大丈夫よ……」

 不意に鳴狐の手が頬に触れる。
驚いて思わず顔を向けてしまう。

 静かな赤い目が、俺を見詰めていた。

 「……勇音がこんな風に思って選んだんだもの……きっと心音ちゃん……喜んでくれるわ……」

 無意識に籠めた力が、ほどけていくのを感じる。

 手を離した鳴狐はそれじゃあ、と廊下を歩き出す。

 1歩、2歩……遠ざかる姿を見て、俺はある物を思い出した。

 「鳴狐、ちょっと待って!」
「……?」

振り返る所へ早足で距離を詰める。

「これ、良かったら貰ってくれないか?」

 後ろのポケットにしまっていた、小さな袋を取り出して鳴狐の手に乗せた。

 「……開けても良いのかしら……?」
「あぁ」

 簡素なテープで閉じれた袋から取り出されたのは、掌に収まるくらい小さな熊のマスコット。

 「予算内だったから買ったんだけど、同じのだしさ」
「……でも……」

 苦笑混じりに笑い、何か言いかける言葉を敢えて遮った。

 「鳴狐に持ってて欲しいんだ。 無理にとは言わないけど?」
「……そう……ありがとう……」

 両手でマスコットを大事そうに抱え、鳴狐は笑った。

 単純な話。
話に乗せられた感が抜けなかったが、これが見れたなら、安いほうだったかも知れない。

 (……なんてな……)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 勿論、もうひとつの大事な笑顔を受け取った俺は、金額なんてものより、断然価値がある時間を得た。

 やっぱりなんだかんだ買わせる購買部の商売が上手い理由が、
なんとなく解ったような気がしないでも無かった。




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