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インビジブルの痕跡証明

もし、もしもの話として……。
『存在』を完全に消失出来るのならば、
君は、そうなりたいと思うかい?


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薄暗い瓦礫の山に腰を下ろす。

鞄を開いて商売道具の手入れを始めた。

金属音と反射光。
遠くに聴こえる喧騒。


「やぁ、シー君!儲かってるかい?」


こっそりと近付いたらしい軽口の主は、視線を向けるまでも無く想像に容易い。


「変な名前で呼ばないでくれない?
後、いい加減気配消して近付くなよ。ストーカーなの?」

「あらら?シー君名前にあんまりこだわり無かったんじゃ無いの?
それに、追跡や待ち伏せはしてもストーカーじゃ無いよ〜」

「そう言う行為をしてる時点でストーカーだ」

「ん〜……。
まぁ、一方的な感情を持っては居るけど、
俺のはまだ正常かつ常識的な範囲内だし?」

「殺す為に追跡して恐怖を与える事の何処が常識的なのかを知りたい位だね」

「むむっ!?
そうだなぁ、何から話せば良いのやら」

「話さなくて良いからさっさと僕の近辺から消えてくれると嬉しいんだけど?」

「あっはっは!シー君は今日も冷たいねぇ」


へらへらと笑いながら少し離れた位置に腰を下ろす男。

人の話をまるで聞いて居ないのか、あるいは馬鹿なだけか……。


「で、最近調子はどうよ?」


あっけらかんと話す懲りない様子は、ただの馬鹿と言っても良いかも知れない。


「別に」

「別にって事は無いでしょうよ?」


余りのしつこさに、ストレスが溜まる。


「僕に、何か有ったとして、君にはまるで関係は無い筈なんだけど!?」


苛立ちに任せて相手を睨む。
心無しか、語気も荒くなってしまったが、幾ら馬鹿でも不快感位は感じ取るだろう。

きょとんとした顔は、2、3度瞬きを繰り返すと、
何故か笑顔を浮かべた。


「おっ、やっと俺を見てくれたねぇ。
いやぁ、流石に見えて無かったらどうしようかと思ったよ」


良かった良かった。なんて笑う相手に、
内心で失敗したなと悪態を吐いて視線を逸らした。


「生憎と盲目じゃないんだよ」

「そりゃそうだ」

「……君に普通に返されると、ムカつく」

「えっ!?何でさ?」


返答は返さず、僕は作業に戻った。


「あ〜……、シカト?悲しいなぁ〜」

「………………」

「もしも〜し、聞いてるんでしょ?」

「………………」

「無視するなよ〜。透明人間になっちゃうぞ〜?」

「……幾ら姿を隠しても、存在の痕跡は消せないよ」


黙ったら黙ったで鬱陶しい事に変わりは無いらしい。
溜息混じりに僕は軽口に付き合う事を妥協した。


「でも、透明なんだよ?」

「透過じゃ無くてステルスだろ。
生物は物理的に透ける事は不可能だよ」

「でも見えないじゃん」

「見えるモノが全てじゃ無い」

「シー君、お化けとか信じる系だっけ?」


手にしていた道具を鞄に収納し、相手に体を向けた。


「僕は、心霊現象とかは信じちゃ居ないよ」

「だよね〜、リアリストって言うかシビアだし」

「話を戻すけど、痕跡は視覚に残るモノだけじゃ無いって話だ」

「視覚じゃ無いなら、触覚とか?」


へらり、男が笑う。


「五感もそうだけど、この場合はもっと物理的だね」

「うん?」

「指紋や血痕、靴跡に毛髪……存在の痕跡は消しきれない程に場に残るのさ」

「ならさ、靴脱いで手袋して帽子被っちゃえば平気くない?」

「馬鹿にしてるのかい?」


半眼で相手を睨む。


「指紋と聞いたら大抵は手の跡って想像するけど、実際は足からだって指紋は採れる。
掌だけでも掌紋は残るし、手袋や靴を身に着けるならその跡が残る」

「さっすが!物知りだねぇ」

「寧ろ、君が知らないとは思って無いよ」

「あはは、そりゃどうも」


極力、僕達は痕跡を残さない必要が有る場合が多い。
表沙汰にしたくない事をする奴は、このご時世には少なくないからだ。


「今、こうして君と話をする間にも、僕達は痕跡を刻み続けてる訳だからね」

「別に俺は、シー君と居る事に疚しさなんて微塵も無いから良いけどね〜」

「僕にだって疚しさは無いよ。
君が色々言われるだけだろうしね?」

「ん?色々って?」

「……分かってるだろう?」


自分のして居る仕事内容さえ思い当たれば、噂の内容なんて色々想像出来るモノだ。


「年下のお友達が居るのはいけない事じゃ無いでしょう?」

「君と友好関係になった覚えは無いね。
ま、大きいオトモダチには僕も縁は有るけど」


ふ、と鼻で嘲笑する。
男は苦笑を浮かべ、頭を掻いて見せる。


「シー君さぁ、もう少し娯楽を楽しんだらどうよ?」

「何さ?」


言い方が癪に障り、些か仏頂面になるのを自覚する。


「若いんだからさぁ、ハイになっても良くない?」

「年寄りか。
僕は僕なりに楽しむから良いんだよ」

「例えば〜?」

「………………」


嫌に食い下がる相手に、思考を巡らせる。
と、何か物言いた気な視線を向けられた。


「何だよ?」

「まさか、パッと出ない程に娯楽が無いのかと……」

「失礼だな!」


憐れむ訳では無いにせよ、何だか苛立ちが湧く。
どうにもこの男とは相性が悪いと思う。


「とにかく!
透明人間になんてなれはしないんだから、君も馬鹿な話は大概にするべきだね」


居心地の悪さを話題の脱線に当て付けて、無理矢理に話を閉ざそうとする。


「んん、残念だね」

「残念?」

「そ。男の憧れじゃ無い?」


ニヤリと笑われた。
何なんだコイツ。


「顔が気持ち悪い」

「酷っ!?」


時々、この男にマトモに関わるのが馬鹿らしく思う時が有る。

何を言った所で、徒労に終わる様な感覚だろうか?
視線を下に落として、小さく肩を落とした。


「娯楽を楽しめ無い若者なんて、直ぐに老けるんだからなっ!」

「煩いな。
僕は僕なりに楽しんでるんだから、放っといてくれよ」

「ちぇっ。本当つれないね君は」

「話に付き合わせてそれかい?
何ならこれ以上の延長は有料にしてやろうか?」

「シー君のケチ。
はいはい、身ぐるみ剥がされる前に帰りますよ」

「あのなぁっ!?」


子供染みた捨て台詞に思わず顔を向けるも、
さっきまで男が居た空白は、既にもぬけの殻だった。


「……っ……!」


やり場を無くした苛立ちを鎮めようと、目を閉じる。



瞬間。




「じゃあ、またね。シー君」



「!?」



不意に耳元に聞こえた声に反応する。
が、周囲に目を向けた所で、気配はとうに霧散していた後だった。



「……何なんだよ……一体……」



冷え込んで来た夜風に吹かれながら、しばらく呆然としていた僕が、
いつの間にか鞄に残された数個の飴と言う痕跡に気が付いたのは、もう少し後の話だった。











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