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ある戦場の断片の残影

来るー…

空から迫り来る幾本もの黒い放物線。

この距離では俺の武器は届かない。

届いたとしても数の力で防ぎきれない…。

『…駄目だ…』

心で理解した衝撃に備え、無意識に柄を握る力が固くなる。

瞬間、後方に居た影が横を飛んだ…。

「…ッ…うわっ!?」

「きゃあっ!!!」

魔力同士のぶつかる衝撃の爆風と砂塵が容赦無く俺達に当てられる。

思わず左腕を翳し、片目をつぶった。

視界の隅に有り得ない程ゆっくりと四肢と布が後ろに落ちていくのを捉える。

「っ、斎!!?」

振り向けは衝撃に無抵抗で地に叩き付けられた斎が微動せずに倒れている。

「五鴉君ッ!!?」

叫びに似た声を上げ、綺咲が斎の元へと駆け寄った。

若干の砂煙が舞う中、綺咲の呼び掛けに斎は応えない。

「あっら〜?相殺されちゃったの〜?」

場に似合わぬ声に俺は瞬時に顔を向ける。

高い瓦礫の上、逆光となるその位置から男は俺達を見下ろしていた…。

「でも、まぁ、動けなくはなったから、結果オーライ?」

飄々とした笑みなのに、何処か違和感を感じる。

先程からのこの男の言動の意図が見えないのだ…。

解っている事は、

不可思議で強大な魔力を持つ事。
そして、男の狙いは斎である事、だ。

得体の知れぬ攻撃に翻弄されていた俺達に、魔力の散弾が振り落とされた…。

回避が間に合わず直撃しかけた所を寸前で斎が式を展開して相殺したのだ。

しかし、その衝撃で斎は気を失ってしまった。

それ程までに、強い…。

「んふふ、何度も言うけれど、君達に用は無いんだよ〜。

だからさ、彼だけ置いて撤退してよ、ね?」

そしたら君達は見逃してアゲル…、と男は何度目かの交渉を口にする。

現状は圧倒的な不利…。

視線だけを後方に向ければ、
泣きながら斎の側に居る綺咲は、気が動転していて、立ち上がる事が出来そうにも無い。

「そんな…っ…どうして…?…五鴉君…っ…ぅ…」

時折、不安気に震えた細い声が耳に届く。

此処から男を撒いて逃げる事は、殆ど不可能な事だ。

でも…

「俺は、仲間を見捨てたりなんてしないっ!!」

誰かを犠牲になんてしたく無い、それで助かったって嬉しく無い。

向けられた剣先を見つめる目には些かの動揺すら窺えなかった。

ともすれば、俺の方が威圧に呑まれそうになる…。

精一杯の虚勢と敵意でせめて後ろの2人に回復させる時間を稼ぐ。

「……あっ、そ…?」

ヤレヤレとも言いた気で怠そうな声は、端からコッチの意向など汲む気が無かった様に思わせる。

「じゃあ、仕方ないよねぇ?
俺だって女の子とかに酷い事あんまりしたくないんだけど…」

そっちが折れてくれなさそうだし、と再度ペンの様な武器を手にする。

「威力はさっきより落としてあげるよ。
最悪バラバラになっても、拾って持って行くから、問題無いしね?」

優しさなのか、失望させたいのか、軽い言葉は裏腹に怖い。

魔力の線が描かれて行き、先程と同じ図式が空に記された。

「じゃ、頑張って?」

笑みと共に放たれた黒い魔力が、青い空を飛んで来る。

『怖い』

後方の2人は動けない、線が迫る。

『怖い、けどまだだ…』

思ったより速い速度で距離が切り裂かれている。

『でも、今なら…』

「…はあぁぁぁぁぁ〜ッ!!!!」

思い切り掴んでいた剣を振るう。

接続部の固定を切り離し、広範囲を横に薙いだ。

魔力の衝撃と小さな爆発が起きる、だがまだ少ない。

手首を捻り、再度横薙に刃を振り当てる。

それでも爆煙を貫き降る黒は消えない。

『悔しい、悔しい…!!
せめて、後一振りでも迎撃出来たなら…』

眼前に迫った黒に反射的に目を閉じる。


後ろに引かれる様な衝撃が襲ったが、痛みは無い。

不自然さに目を開けると、そこは緑豊かな草原だった…。

「え、もう俺死んじゃったのっ!?」

あまりの出来事に素っ頓狂な声が出てしまった…。

「そんな訳あるか…阿呆め…」

聞き慣れた声に後ろを振り向けば、綺咲の手を借りて上体を起こしている斎が俺を見ていた。

「斎!気付いたんだね?良かっ…」
「今から転移させる」

自然と沸き上がった喜びを口にしようとしたら、短直な斎の言葉に寸断されてしまった。

だが、それよりも気が付いてくれた方が嬉しかったので、格別嫌な想いにはならなかった。

「あのっ…学園に、退却するんだよ、ね…?」

おずおずと言う綺咲の声は先程より落ち着いているが、やはり不安が色濃い。

「そうだ。今は本の空間に今は転移している、此処から学園へ飛ぶ」

『ここって、綺咲の持つ辞書の仮想空間だったのか…』

我ながらズレた事に今更納得をしている自分が居る。

おそらく現状を打開出来る希望を示されたから、こんな悠長な事を考えられるのだろう…。

そして、やはりこの数学者は凄いと改めて痛感した。

「じゃあ…!」

示された希望に、泣き濡れた綺咲の顔が明るくなる。

「但し…。火澄、お前は残れ」

希望に満ちようとした心に、不意に静寂が落ちた気がした…。

「…え…?」

呆然と聞き間違いでは無いかと、甘い期待が口から零れた。

「残れ、と言ったんだ」

斎は淡々と期待を打ち砕いた。

「え、でも…それじゃあ、火澄君は…?」

「仮想空間から一度先の現実に戻る事になる」

先の現実…それはあの男が居る場所である…。

「そんなっ!?そ、そうしたら、火澄君が…!」

一人、あの男と対峙する。
それは余りにも危険な事だと、本能が告げている…。

「今、俺が使える魔力では2名が限界だ。
そして、1枠は俺が消費する事になる」

移転軸となる斎が行かなければ、おそらく魔力が足りないのだ。

そして、斎自身が此処に残る事こそ、あの男の思う壷になる…。

必然的に離脱出来るのは、ドチラか1人、ならばー…。

グッ、と剣を握る手に力を加える。


居ないのだ。

綺咲は戦えない、斎は残せない…ならば…。

あの地に残るのは、俺しか居ないのだ。

沈黙。

余りにも空気が重く、事の深刻さが伺える。

「う…そ…」

呆然としていた綺咲が、言葉を発した。

「嘘、でしょう?五鴉君…そんな事したら、だって…!」

斎は沈黙を貫きながら、俺を見据えている。

鼓動が、嫌に煩かった…。

「だ、駄目だよ!危険過ぎるよ…っ!!
火澄君だって怪我してるんだよ…!?…無茶だよ、そんな…」
「無茶だろうが、それしか無い」

感情の見えない声は機械みたいだと感じた。

綺咲が押し黙る。

ゆるゆると首を横に振る度に、長い髪が揺れ、涙が零れた。

斎の目は、まだ俺を射抜いている。

選択の道は無い、それならば…。

「……俺、残るよ…」

「火澄君っ!?」

驚愕と悲痛な声。

少しでも和らげてあげたくて、俺は出来るだけ穏やかに笑った。

「大丈夫だよ、俺、こう見えて打たれ強いし!

それに、またすぐに斎が来てくれるんだから、ほんの少しの間だけだし?」

涙が止まらない綺咲に優しく声を掛ける。

「平気だよ、綺咲、俺を信じて?」

ね?と笑えば、赤くなって潤んだ目が俺を見つめた。

「それは元より肉壁役だ、イチイチ狼狽えるな」

シレッと突き放す言葉。

でも、それは本当…。

魔力属性の2人の前に立って、2人を守るのが、このパーティでの俺の役目。

何時もそうして居たのだ、今回だって、同じ筈だ…。

「絶対大丈夫だよ」

そう告げれば、

「……約束…だよ…?」

と掠れた声が聞こえた、返事の代わりににっこりと笑う。

「これからお前を戻す、と同時に移転を発動する」

フラフラとよろめきながら立ち上がった斎が、方程式を綴り始めた。

俺がやる事は2つ。

1つ、移転が完了するまであの男を引き付ける事。
2つ、斎が俺を回収しに来るまで、生き残る事…。

淡く発光する数式が組み上がる。

「…火澄君…」

不安が拭えない綺咲に、大丈夫!と笑う。

徐々に2人の姿が消えていく…。

空間から出される瞬間、斎が俺を見ていた様な気がした…。


風の音が響く。

先程の衝撃の残滓か、砂塵が辺りを包んでいる。

剣を構え直した瞬間、極近距離から殺気を感じた。

反射的に剣を振るえば、金属音が響く。

「なんだ、かくれんぼはお終いかい?」

片腕に持つナイフ1本で両手で構える剣が防がれている。

「ッ…うわっ!?」

特徴的な入れ墨のある腕、それから相手の顔を目視した瞬間、顔面に蹴りを入れられ後方に吹っ飛ぶ。

『…ありえない…』

この男は何者なのだろうか?

強い魔力を持ちながら、有り得ない打撃力、そしてスピード…。

どれを取っても知覚者の分類される基礎能力の区別が付かない。

魔力ならば或は…、と思ったが、どうやらやけに硬い様だ。

素早く上体を起こし、剣を向ければ、既に眼前にその男は立っており、強烈な第2打を側腹部に蹴り当てた。

「がっ!?ッ、はぁっはぁっはあっ…」

ゴムボールの様に弾んだ四肢は、痛みにより思う程動いてはくれないようだ…。

男が近付いて来る。

そうだ、もう少し…。

数メートルの所で男に向かい、仕込んでいた鎖を投げ付ける。

庇う様に出された左腕にソレが絡み付いたのを確認すると渾身の力で引っ張った。

「…ッ!?」

意外な程に男は軽い印象で俺の上に倒れて来た。

肉に刺さる感触が、不快感を呼び起こす…。

その一瞬に空間が揺らぎ、斎の魔力が辺りに霧散した。

…どうやら無事移転した様である…。

一先ず安堵の息が漏れた。

「……やってくれるじゃ無い…?」

鈍い音と共に拘束していた鎖が壊れ、左肩に楔として刺した短剣を引き抜き、男は俺から距離を取った。

「あ〜ぁ、逃げられちゃったなぁ〜?」

ガシガシと右手で頭を掻きながら、男はあらぬ方角を見ている。

無理に引き抜いたせいで、俺は短剣を握ったまま男の返り血に濡れてしまった。

鉄の臭気が鼻について、気分が悪くなる。

出来る事なら、血なんて見たくは無いのだ…。

肩で息をする俺を、視線が貫く。

顔を上げれば男と目が合った。

「じゃ、肩のお礼は返さないとねぇ?」

にこり、と端正な顔が笑う。

逃げようと体を動かそうとしたら、黒い糸に足が絡まれて身動きが取れ無くなっていた…。

『まずい』

右手で掲げられたペンが空間に小さな点を穿つ。

それは魔力の塊となって大きく形を変えていく…。

言い知れない恐怖が、胸から沸き上がって来た。

ドッと冷や汗が吹き出る、怖い。

黒い球体は、なおも巨大化しながら男と共にゆっくりと近付いて来る。

怖い、怖い、体が震える。

遂に眼前に男は立ち、
俺を見下しながら言った…

「じゃあ、サヨナラ…」

大き過ぎる魔力の圧に、俺は意識を失った…。








…暖かい…。

ズルズル、ズルズル…。

「…ハァッ…ハァッ…ッ…」

ドサリという衝撃音と共に視界が反転する。
空が赤く染まっている。

ゆるゆると視線を巡らせれば、見慣れた赤銅の髪と白過ぎる肌。

「…斎…?」

来てくれたのか…。

此処は移転した先の場所だろう、学園が近くに見えている。

所々が痛くて、体は重い…でも動く。

「…斎、しっかりしなよ…!」

荒い呼吸で顔には汗が滲んでいる、…どうやら体調が悪いのだろうか…?

「斎…痛ッ!?」

傷が痛む。

刺激しない様に立ち上がると自分より大きく、力が無くて重い体を支え、歩き出す。

『あぁ、もう少し身長があればまだ楽に運べそうなのに…』

そんな考えに苦笑しながら、巨体を半ば引き擦りつつ学園へと向かう。

自然と呼吸が辛くなり、息が上がる。

ゼイゼイと言う呼吸音かやけに響く。

「……もう少し、マシに運べんのか…お前は…」

掠れた声が耳朶を打った、喜ぶ余裕は無いから、視線だけを移す。

開かれた瞳の色を見て、やはり安堵した自分が居る。

「…良かった…無事だったんだね…?」

ふふっ、と笑みが零れた。

「…阿呆。この俺が、あんな攻撃ぐらいで、再起不能になると思ったのか…?」

いつもの如く辛辣だ、
勿論俺はそんな事は無いと否定する。

「仲間だし、来てくれるって信じてたからね!」

本心を明かせば、呆れた様相の目で射抜かれる。

「お前は俺のモノだ…勝手に死なれたら迷惑だ。

そもそも、お前の数値解明は興味深いモノで他に事象が見当たらない為にわざわざ俺がお前の管理をする羽目になったのだろうが…」

「…素直に、仲間だから助けに来たとかで良いじゃんかぁ…」

「…相変わらず甘い上に頭の中身が沸いている様だな…」

「うわ、酷い…」

お互い体力の限界が来て、校門を過ぎる頃には力尽きて倒れてしまった。

倒れる寸前に、泣きそうな綺咲、医療道具を持った鳴ちゃん、帰還を喜んだ颯刃や勇音の姿を見た。

『…ただいま…』

俺は、遠退く意識で、幸せを感じた…ー。












































―――――ーーーーーーーーーーーーーー


魔力の限界値以上に消耗してしまった。

綺咲と共に転移した俺は、その時点で魔力の消費率が危険域にあるのを理解していた。

綺咲を使い、呼んで来た鳴狐もそれに気付いたのだろう、俺を見て顔色を変えた。

「四の五の言わずに薬を出せ、置いて来たモノを取りに戻らなくてはならないのでな?」

ニヤリと笑うこの表情を鳴狐が嫌っているのは知っているが、その様も可笑しいモノで俺は止めるつもりは無い。

シレッと差し出す手を睥睨し、鳴狐は動かなかった。

「…私は、メディックとして此処に居るの…今の貴方に渡す物なんて、無いわ…」

言い切る鋭い赤の目。

つくづく嫌われたモノだ。

メディックである事を尊重し模索する姿はアイツに近いモノが有る。

「め、鳴狐ちゃん…お願い…早くしないと、火澄君が…!!」

狼狽える綺咲にただならぬ雰囲気を感じているだろうが、依然としてこの手に渡される品は無い。

ヤレヤレ、気難しい医療者さんだな…。

「…では、取引をしないか?」

益々怪訝さを帯びる瞳に、俺は交渉を持ち掛ける事にした。

「今、火澄は満身創痍の状態で勝てぬ敵と応戦していて、このままでは高確率で死ぬ」
ピクリ、と反応を顕す。

「幸い戦闘地は廃墟区画では無いが、それ故に起死回生のチャンスも無い…」

無論、奴が廃墟症で有ると向こうが気付けばそれはそれで厄介になるのだが…。

「メディックとして死者を増やすのは本望では無かろう?
俺に協力するならば、死者を間違いなく1人減らせるぞ?」

「…私が手を貸して…死者が増える可能性も有るわ…」

「クククッ、心配には及ばん。
お前も俺がおいそれと死ぬとは思っていないのだろう?」

「…死は…誰にだって伴うモノよ…」

「成る程?
そこで取引だ…、俺は火澄を死なせず、尚且つ俺自身も必ず帰還する。

お前はその為に薬を1本渡す…それだけで良い」

暫し思案する鳴狐だったが、綺咲の懇願に折れたのか、最終的に俺の手にポケットメディックが1本渡された。

瞬時に移転した影を鳴狐は複雑な面持ちで見送ったのだった…。


砂塵と風、魔力の収束。

それは一瞬だった。

黒い球体が放たれた時、素早く現れた影は数枚の黒羽を舞わせながら対象と共に掻き消えた…。


「フフッ、予想外だったなぁ〜…」

ヒラヒラと霧散した羽は魔力の残滓の具現だ。

空間に宛がったペン先を軽く一周させる。
散らばった魔力が小さな球体として男の手に納まる。

「でも、ま、上々とも言えるかねぇ…?」

クスリ、と笑った男は素早く荒れ地を後にした…ー。












―――――ーーーーーーーーーーーーーー

夜の静寂が支配する病室。

疎らな患者の呼吸音以外、大きな音は無い。

カタッ、と音がしたと思った瞬間、体に重圧がのし掛かった…。

「…今晩は…」

ゆっくりと目を開ければ、見慣れた顔がそこに有った。

「…何の用だ…?」

覆い被さる様に四肢を拘束され、首筋に何かが突き付けられている。

下手に動くのは得策では無い。

左肩には真新しい包帯が巻かれた男は悠然と唇に笑みを浮かべた。

「君を、助けようと思ってね…」

「助ける、だと…?」

「そうさ」

首に当てられていた奴の魔導器が、軽く点を打つ。

それは手に収まる球体となり、それを一気に体内に捩込まれた。

「!?」

体が熱い、焼ける様だ…!!

「今死なれるのは都合が悪いんだ、荒療治なのは勘弁してくれよ?」

喘鳴を繰り返す俺を他所に、音も無くベットから重圧が消える。

視線を向けると、窓枠に足を掛ける男が口に笑みを浮かべ、俺を一瞥した。

「また逢う事になる、それまで元気で…」

「…ッ…待て…!!」

飛び立つ様に男の姿は闇に紛れ、消え去った。

グラリ、と世界が揺れる。

「……ク…ッ…!…」

体内に宿る魔力の急激な増幅に、俺はそのまま暗転する世界に呑まれて行った…。










―――――ーーーーーーーーーーーーーー



「…報告は以上かな?」
「はい、んもぉ俺くったくたですよ〜」

肩もやられちゃったし〜、と内容にヘラヘラと言動が緩い調子で語られる。

退治する男は、椅子に腰掛けたまま慣れた調子で報告を聞いていた。

「じゃ〜、俺はコレで…」

クルリと背を向けた青年に、男は口を開いた。

「相変わらず、嘘が有るようだね…?」

「さぁ?何の事か解らないですよ…」

肩越しに振り返った青年と男の視線がぶつかる。

僅かな沈黙後、互いの口元は微かに笑んだ…。

「…それじゃあ、失礼しますよ」

自動ドアを抜ければ、薄暗い廊下が続く。

窓も無い機械的な風景。

『…相変わらず侮れない人で…』

ククッと笑いながら暫く歩けば、見慣れた少女が立っていた。

「あっれ〜?もしかして心配してお出迎えに来てくれたのかにゃ〜?」

「…あの方に粗相をしたんじゃ無いかと思って」
ヘラリとした態度を一蹴する、鋭い視線が投げられる。

「やだな〜、俺真面目に良い子してたよ〜?
ホラホラそんな顔じゃ美人が台無しなんだからねぇ〜?」

動じない青年は軽い調子でヒラヒラと手を動かして見せる。

「………」

対する黄緑の眼は相変わらず冷ややかだ。

小さく肩を落とした青年は、苦笑を浮かべ歩を進めだす。

「…不識…」

少女の声は誰も居ない廊下に良く通った。

「何だい、姫菜?」

不識は振り返らず足を止め応じる。

「…あの方の邪魔になるなら、アンタも殺すよ?」

幼さの残る声に似合わぬ殺意が確かに伝わる。

『…相変わらずご執心なのね…』

そのひたむき過ぎる想いに軽く尊敬させられる。

「そんな怖い事言わなくても、俺は姫菜もあの人も大事なんだから、そんな事しないよ」

若干軽さを抑えた声は彼女の信頼を得るにはまだ弱いだろう。

突き刺さる視線を背に、不識は再び廊下を進む。

「…だから、俺を殺すなんて馬鹿な事は止めなよ…?」

小さ過ぎる呟きは無論、姫菜に届く前に霧散した。
足音だけが響く。

『誰も』

『そう、[誰も]』

『[生]を知り得ない、
[死]を知り得ない』

『呪われた俺は、未だ染まる。なら…』

薄闇に笑む姿は更に深い闇に溶けて行ったのだった…。
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