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匣の中の世界

ある学者が試みた証明はー…

―――――ーーーーーーーーーーーーーー

教室。

授業を終えた生徒は思い思いに歩を進め、今は疎らだ。

先程まで開かれていた授業は論理解析学の一環…つまり、数学者を専行する生徒向けで、見知った顔触れが必然的に集まっていた。

退屈そうに…基、興味の薄い(下手をしたら無いと思わしき)様子で授業に参加していた斎は、机上に頬杖を着き、何とは無く赤く染まる空を眺めていた。

大半の女子はこの様子だけで黄色い歓声を挙げたり、恍惚の表情で彼を見つめるものである。

スッ、と視界の端に揺れる布を認知する。

「五鴉斎!貴様また授業を疎かにしていただろう!?」

不遜な声が高らかに自分に向けて放たれた。

教室に残っていた数名の生徒の視線が集まる。

ある者は諌める様に、
またある者は「またか」と苦笑しながら…。

面倒そうに視線だけを向ければ、絵に描いた様な典型的な仁王立ちで立つ誠が上方からコチラを見ている。

この男は格別意識している訳では無いが、不遜な言動と睨んでいる様に見える視線から一部の生徒には良く思われていない。

万人受けする人材の方が不自然だろうからそれはまた道理と言うものだろうが…。

「貴様、人の話を聞いているのかッ!?」

つれつれとたわいない思考を流していれば、誠にさも不快そうな様子で眉を潜められた。

「コレだから五鴉斎、貴様は駄目だと言うのだ…」

ヤレヤレとも言いた気に方を落とし、首を左右に振りながらそれに見合う動きをする。

「人の話もまともに聞けん様では、学者としての成長は有るまいよ」

一応断っておくが、斎と誠は友人でも仲間でも無い。

所以ただの知り合いが良い所だろう。

「何も、お前に心配される程学力も魔力も劣っていないのでな?

心配には及ばん」

ニヤリと口元に何時もの笑みを浮かべてやると尚更奴は不快そうな反応を示した。

…何とも解り易い男である…。

「…それで、何か用か?」

今更ながらの質問を投げ掛ける、本題が無いならコレ以上の会話は必要でも無いだろう…。

そう、必要無い。

俺は席を立ち、自室に向かう…ー


…筈だった…


―――――ーーーーーーーーーーーーーー


「ー…以上の解を用いて、焼き尽くせ!!」
空間に書かれた式の魔力が炎となって、スカウトドックを焼き払う。

ボイルを喰らった犬は毛を燻らせたまま、牙を剥き出しに突進してきた。

「Q.E.D.」

瞬時に犬の周りの空間が揺らぎ、円形に拘束したかと思うと、小規模の爆発を引き起こした。

攻撃を喰らったガーディアンの姿は跡形も無く吹き飛んだらしい…。

爆風の反動で羽織るマントと髪が揺れた。

「コラ!五鴉斎!!貴様もう少しタイミングがズレていたら俺まで巻き込まれていただろうがッ!!!」」

「安心しろ、俺は外さない男だ」

「嘘臭い台詞を吐かす暇が有るのならもっと貴様は周囲に配慮すべきなのだッ!!」

ぎゃあぎゃあ騒ぐ誠に引き擦られる様に廃墟に連れ込まれ、30分は経過している。

出て来るガーディアンを殉滅しながらああだこうだと小言を聞き流す。

実に不毛且つ退屈である。

背後に感じた気配を敢えて無視してみる。

跳躍、歯牙が俺に迫っているだろう…。

「…解を用いて、呼び覚ませ!!」

何らかの魔力の波動を感じる、と思った瞬間に俺の横を幾つかの影が過ぎ去った。

ギャーだかギーだかの甲高い様な声と戦う音が耳についた。

首を巡らせて背後を確認すれば、ラッドを撃破した数十匹の猫がそこに居た。

「全く、貴様に危機感と言うモノは無いのか!?」

呆れた様子で腕を組み睥睨する誠に視線だけを向け、ニヤリと笑ってやる。

一層深い溜息を吐かれたが、気にする事は無い。

「しかし、猫はガーディアンが見えているのか?」

「第六感か、この数式の効力だろうな」

「そうか、何にせよお前が猫に劣るという事か」

「そうだなぁ…むっ!?違う!!何故貴様はそう唐突にだな…」

相変わらず小煩い誠をスルーし、標的を撃退した猫達を眺める。

毛繕いをする者、伏せる者、足を引き擦る者、動かない者…実に様々だ。

「変わらんと、思わんか?」

猫の仕草を見ながら声を掛ける。

「……何がだ?」

発しようとした小言を飲み下した様子で、問いが返される。

「猫が、だ」

視線で猫達を示す。

「貴様の意図が読めん、もっと簡略しろ!」

ふんっ、と腕を組んだ誠が解説を求めた。

「…クククッ…良かろう、教えてやる」

視線をかなり不本意そうな顔に移し、ニヤリと笑ってやる。

猫はコチラを気にせず、思い思いに行動している。

「毒の装置を仕掛けた箱に猫を容れる。

一時間後猫が生きるか死ぬかの確率は半分だ、この式は…」

「シュレーディンガー方程式だな」

当たり前の様に解が帰って来る。

「そうだ」

小さく頷き、肯定する。

「しかし、それが何だと言うのだ?」

解らない、といった風貌で誠は思案している。

「この猫達と俺達は同じだ」

「何?」

「目に見えぬ箱に入れられ、一瞬後の生死も定かでは無い存在…

故にこの方程式は今も立証され続けるのだろうな」

口端を上げ軽く笑う。

「…貴様…相当疑い深いな…」

「あぁ、学者だからな」

半眼で呆れている様子の誠に至極あっさりと返答すると、踵を返し歩き出す。

「ぬ、何処へ行くのだっ?」

「これ以上の探索は無意味だ…それに、飽きたしな」

ククッと独特の笑い声が聞こえた。

「五鴉斎!よもや貴様、俺を置いて行く気ではあるまいなッ!?」

「…さて、どうだろうな?」

「クッ…!!この性悪男めっ!

待てっ!待てと言うのが解らんのか〜!!?」

廃墟を去る2人の学者を無数の瞳が見送る。

喧騒が過ぎた後に、微かな鳴き声が瓦礫に消えた…

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須らく此の世に在りし生きとし死せる存在

彼等は等しく匣の中

其の匣を視るモノの姿も知らず…ー
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