逢いたい。
と、時々思う感情。
とうに流した筈なのに。
一目で良い。一瞬で良い。
視線を合わせたい。指先を合わせたい。
叶わないのに。
本当は、瞳すら合わせず逃げる癖に。
それを選んだのは俺で、
そうさせたのも勿論俺だ。
棄てきれない未練がましさも、紛れもない俺の欠点。
自分の欠点ばかり見付けるのが、何時の間にか得意になったものだ。
君が傍に居るときは、そんな事も無かったのにな。
行き交う人々を眺めて、人混みに紛れて息を殺した。
「さようなら」
別れの言葉の意味は重く、今も鮮明に覚えている。
それを言わせたのも俺?
でも、それを選んだのは確かに君なんだろう。
納得しなくてはならない。
決別しなければならない。
過去と呼ぶのは容易い癖に。
過ぎた事だと思う事は出来るのに。
「愛していた」
真実染みた1%の嘘。
本当は、
「愛している」
繰り返す日夜が過ぎても、
繰り返す季節が過ぎても。
この、明けない闇夜の川辺から見える。
君を想う感情の灯火。
昔々に手放した筈の灯籠は、
遥か彼方で主張する。
もう翔べないんだ。
翼を落としてしまったから。
もう行けないんだ。
過ちを犯してしまったから。
もう、見えないんだ。
夜明けの光を、殺してしまったから。
なのに。
この感情は愛と呼ぶには愚かしい。
郷愁に似て、懐かしくて愛しい。
あの日の俺は、君にどう写ったのだろう?
今の君は、誰を想って生きているのだろう?
ふと、目を覚ました。
刺すような冷気に身震いを一つ。
廃墟と化したあばら家の一室。
全身から力を抜いて、白い息を深く吐き出す。
「…………」
視界の隅に、白いモノが動いた。
ひび割れた窓の外、暗い曇天の狭間。
「……雪、か……」
急激に変化する気温に、慌ただしくした日常にまみれて居たが、もう冬なのだと実感した。
抱えていた獲物を担き立ち上がる。
本降りになる前に移動した方が良さそうに思う。
彼女の事を想っていたのは、きっと寒さのせいだ。
そんな言い訳を頭に浮かべて誤魔化す。
溢れそうな感情に、蓋をした。
見て見ぬ振りの知らん顔。
『また、逃げるのか?』
パーカーのフードを目深に被った少年が少し高い声で言った。
『そうやって、逃げて隠れて……
お前は本当に卑怯だ』
「…………」
『卑怯者!そんなお前なんか大嫌いだ!!』
フードの隙間から覗く茶色の瞳は、怒りと憎悪の激しい眼光を宿す。
無視を決め込んだ俺は、そのまま少年の横を歩き去る。
『……裏切り者』
擦れ違った一瞬、聴こえた呟き。
背中越しに視線を返すが、もうその姿は無かった。
「…………」
吐く息が白く昇る。
顔を前に直して、歩き出した。
それで良いんだ。
俺を、許さないでくれ。
無意識に握った掌に、爪が食い込んだ痛みも、冷たい空気のせいにして。
俺は静かに逃げ去った。