乾いた紙擦れの音が鳴る。
1枚、また1枚と捲られたページは小さく風を起こして静止した。


ページに記されているのは、昔々。もしくは異なる世界線に存在していた女神の話。


全てに裏切られて、棄てられた女性は、憎み、呪い、復讐の女神として生まれ変わった。



「……良く有る話だよなぁ、確かランダもこんな感じだっけよね?」


ランダとは、捨てられた子供達を拾い、愛した女性。
彼女もまた絶望して子供達を喰らう魔女、邪神と化した存在……と、何かの文献で見た気がする。



「君の創作意欲は結構なんだけど、僕に何の利点が無いのは不愉快だね」


何気無い問いの返答は溜息混じりの嫌味。
今更気にも止めない事だ。


単調な音が響く。
青紫の瞳はただ文献の文字を追い、その脳は抽象的で曖昧な女神の姿を探求する。


「復讐と結婚は紙一重、って事かね」


閉じられた本と同時に呟かれた言葉に、青い瞳が怪訝そうに視線を投げた。


「うん。まぁそんな感じ?」

「いや、何が?」

「えっ?」

「え、じゃ無くて。結婚がどうとか言っただろう」


あぁ、と合点がいった顔で頷く。
無意識の呟きだった。


「復讐の女神の名前。並び替えると結婚の約束だから」


「は?」


虚を突かれた顔の仲間を尻目に椅子を引いて部屋を後にした。









白い紙に線が走る。
醜くも美しくも無い、女性の曲線。

長い髪が靡き、その表情は喜びとも悲しみとも見えた。


愛とは、時に酷く身勝手な暴力。
自由とは、時に雁字絡めの束縛。
希望は絶望の別称であり、光とは影と共に起こる現象。


一心不乱に、尖った鉛筆が走る。
ぼかし、汚し、主張する。

やがて現れた女神は、強く優しく柔和な憂いを抱く一人の女性。


「悲劇は女性に注がれるからこそ美しい、ってね」


「男尊女卑?」


いつの間にか後ろに立っていた緑の瞳が睨む。


「違うよ〜、女尊男卑的なやつ?」

「これ、誰?」

「女神様、もしくは一人の女性」

「答えになって無い」

「んん〜……そう言われてもなぁ……
俺のヘンリエッタが視た存在だし?」


そう笑って自身の左目を指せば、異物を見る視線が刺さる。


「何それ……キモイ……」

「あぁ、誤解しないで!?
俺の一番愛してる女性は当然きっ」


言葉が完成する前に、腹部に重い一撃が叩き込まれる。

咳き込む姿すら確認せず、彼女は颯爽と去ってしまった。


「……そこも、好きだけどね……」


目線を動かせば、女神が笑った気がして、苦笑する。


復讐に駆られる程の結婚の約束を、君とならしても良いんだ。

君が不幸を振り撒いて、絶望に引き擦り込もうとしても良いんだ。


「俺は愛してる」


誰も居ない部屋で女神に告白を。



青年は一人、四肢を投げ出し椅子に凭れて笑った。