校舎裏の角を曲がって直進。
中庭と違い、大体閑散としている此処ら辺は人が多い学園でも穴場の一つだ。

今日の授業は午前終わりだった勇音は、気分転換がてら振り付け練習に赴いた。



……はずだった……







「ん? 何か騒がしいな」


何やら前方から見慣れた姿が走って来る。
相手もこちらに気が付いた様子で走りながら軽く右手を上げた。



「おう、勇音! 危ねぇから、走れ〜」

「はっ?」


横を走り去るついでに漣は勇音の右肩をポン、と叩く。
一体何事か?と勇音は前方に目を凝らしてからすぐに漣の後を追い、駆け出す。



「オイ、漣!! お前何したんだよ!?」


漣が走って来た後方、そこから4、5人の男子学生が罵倒しながら迫って居たのだ。

アレはヤバイ。
ハッキリ言って不良と呼ばれるグループでしか無い。


「ん? 別に、何も?」

「何も? な訳が有るかっ、アレ上級生だろしかもっ!!」


涼しい顔して惚ける漣に、追い付き、時折後ろを振り返りながら勇音は怒号に近い声を上げる。


「いや〜、暇だったからたまたま散歩してたら彼奴等の鞄蹴っちまってよぉ」

「ハァァッ!? そんな理由!?」

「仕方無ぇだろ? わざと蹴った訳じゃ無ぇし」

「だからって、お前なぁ……」

「何だよ、勇音。 俺が悪いってのか?」

「……普通鞄蹴った方が悪いと思うぞ?」


むっとした様子で話す漣に呆れながら勇音はたしなめる。
まぁ、漣が正論に従うとは思わなかったが。



「っていうか、コレ俺まで逃げる必要無くないか?」


無関係なんだし、と半眼でぼやいた勇音に、漣は一瞬視線を上に上げてからニヤリ、と笑って言った。


「そこはほら、成り行きってモンだな」

「はぁ……それ寧ろ巻き込まれたって言うやつだぞ?」


そんなやり取りをする間にも後方の追跡は止まない。
「待て」だの「ぶっ殺す」だの、非常に宜しくない声まで飛んで来る。


「しつけぇなぁ。
大体、待てっつわれて待つ筈無くね!?」

「そこは同感。
漣、ここは早く謝った方が良いって」


何時までもドタバタと逃げ回る訳にはいかないし、全く無関係な学生がこれ以上巻き込まれるのは良くは無いだろう。

最早自分が巻き込まれた事は受け入れ……もとい諦めた勇音は一刻も早い事態の終息を望んでいる。


「え、嫌だけど?」

「うぉい!? 謝れよそこは!!」


シレッと真顔で返す漣に思わず勇音のツッコミが炸裂した。


「空気読め、って言ってるんだよ!
早いところ何とかしないと誰かに見付かって大事になるぞ!?」

「あ〜……確かに先公にチクられんのは嫌だなぁ」

「だから早く……っ……!?」


謝れ、と続けようとした言葉は2人の間を過ぎたナイフによって妨げられる。


「マジかよ……アレ実践用じゃないか」


冷や汗がスッと勇音の頬を流れた。
巻き込まれた他人の喧嘩で刺されるなんて、冗談ではない。


「……勇音……アレはガチの武器、だよな?」

「あ、あぁ……アクロバットの武器だから、間違いない」


正面だけを向いて走る2人は異様な緊張感を含む言葉を交わす。


「そ、か……じゃあ良いな」


何が良い、のかを聞く前に、素早く漣が体制を下げて身を翻した。


「えっ? れ……」



「うわぁ!?」


バキッ、と響いた音。
次いで視界が捉えたのは、メンバーの1人の脇腹に華麗な蹴りを決めた漣の姿。

立て続けに殴りかかった相手の腕を両手で掴んで、先程バランスを崩した生徒に向かって背負い投げる。


「…………ん?」


間延びした勇音が発した点呼の間に、漣は2人を軽く倒して両手を叩いていた。


「野郎!?」

「舐めやがって、ガキが!!」


ナックルリングを嵌めた体格の良い男と先程投げられたナイフを構える長身の男が躍り出る。


鈍い音と共に右頬を殴れた漣が2、3歩よろめく。
グラップラーと思われる上級生はそのまま漣の腹部に重い一撃の沈ませる。


「っ……はっ、痛ってぇなクソが!!」


怒号を上げる漣は鋭い眼光を相手に向ける。

有利と感じたのか、下卑た笑いを浮かべていた男は途端に怒りの表情を浮かべ、拳を振り上げた。


「生意気なんだよ、テメェ!」

「血ぃ見ないと分かんねぇんだろ?あぁっ!?」


長身のアクロバットは手にしていたナイフを降り下ろす。

甲高い金属音が辺りに響き、2本のナイフが宙を舞って地面に落ちる。


「!?」


放たれたナイフは咄嗟に勇音が投擲したナイフに阻まれたのだ。

面喰らった相手の隙。
それを逃さず赤い髪が揺れる。


「ぐあっ!!」

「なっ、がはっ……!?」


手近なグラップラーには鋭いアッパーを喰らわせ転ばし、驚くアクロバットには手早く抜いた銃身が叩き込まれる。

起き上がろうとしたグラップラーの顔面横に牽制射撃が放たれた。


そのまま、気絶した上級生が横たわるのに時間は掛からなかった。





「うっへっへ、快勝快勝!」


倒した相手の傍らで漣が不謹慎に笑っている。


「馬鹿! 何が快勝だ!!
ガン=カタに牽制射撃、銃声響きまくってたらどうするんだよ!?」

「殺傷力低い練習用の弾だし、消音器付けてっからそんなアホみたいな音は出ねぇぜ?」

「そういう問題じゃ無い!!
大体、お前は何で手出すんだよ!?」

「え〜? 先に武器抜いたのアッチだぜ?
正当防衛、正当防衛」


ごそごそと上級生を弄る漣を尻目に勇音は忙しなく周囲を見回している。

やがて漣は立ち上がり、勇音の傍らに歩いて来てはその肩に腕を回した。


「うぉっ!? 何するん」

「まぁまぁ、そんなストレス溜まってる勇音君には、俺が奢ってやろうじゃねぇか!」


そう言った漣の手には数札のお金が握られている。


「はっ? お前、それ……」

「口止め料口止め料。
ホレ、何するよ? ゲーセン?カラオケ?」

「ばっ!? それ普通に犯罪!!」

「1人千円なんて、良心価格だぜ?
早く離れ無ぇと先公来るしよ」

「〜〜っ!?」



百万言の言葉が口にならない勇音の背を押して漣は歩き出す。


「ホレ、お前のナイフ。
良いの良いの、こういう事も貴重な学園生活なんだからよ?」


「………………」


いつの間にか拾っていたナイフを勇音の制服のポケットに忍ばせて本格的に両手に力を込める漣は、歯を見せて笑っている。


そんな2人は野次馬が集まる前に裏門を抜け、賑やかな街中に紛れて行った。