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彼女の決意と放つ稲妻

 

追いかけて、追いかけて
貴方を何時も捜していた。

その背中の後を見失わないように、精一杯付いていくだけだった。

でも……



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



荒廃した世界、点在するのは瓦礫だけの寂しい空間。

出現推定時刻の範囲で、不意に長身の人影が姿を現した。


対峙した少女に緊張が走る。
こうして顔を合わせるのも、随分久し振りな気がした。


「五鴉君」


両腕で持つ本を強く抱く。
絶対に敗けられない。


「あぁ。お前が居たのか……良いのか?」


不敵な笑みが彼の口元に宿る。
尋ねる真意は解っていた。

無言で抱えた本を開く。
問いへの返答は、それで充分だろう。



「ククッ……ならば、仕方無いな」


彼の指先に白いチョークが握られる。
怖い。


『数学基礎論』


互いの魔力が巡回し、増幅する。
臆してしまいそうな心を精一杯押し止める。


ここで逃げてしまえば、終わる。
もう二度と、彼に会えなくなる。

そんな予感が彼女を奮い立たせていた。



「貴方に貰った力で……私は五鴉君、貴方を止める!」


パラパラと音を立てて本のページが自動的に開かれる。
彼女の前に輝きながら浮遊静止するのは、たった1枚の栞だけ。


「ヤってみろ。出来るのならば、な?」


挑発に似た発言が届いた時、彼女は内包していた魔力を放出した。


「力を貸して……!!」


開かれたページが爆発的にその力を具現化しようと輝く。

以前の彼女ならば、制御しきれぬ魔力が不安定な力として表れていただろう。

しかし、今は違う。


他ならぬ、眼前の青年が、それを変える術をくれた。



『ウィンディーネ』


溢れる魔力を栞が吸収し、統合する。

そして、実体を得た水の精霊は微笑みを浮かべると脅威となり彼へと進行した。


激しい流水音は彼を中心として渦巻く。

このまま水牢として動きを封じ込められれば。


そんな期待を裏切るように、彼は笑みを絶やさなかった。

徐々に狭まる活動範囲にもかかわらず、
臆する事無く観察していた青年は、手にしていたチョークを素早く空間に走らせる。


『ボイルの法則』


魔力の発動と衝突。
高温の水蒸気が立ち上がる。


まだ、まだ大丈夫。


「頑張って、ウィンディーネ!」


しかし、瞬時に展開された数式が発動する。


『シャルルの法則』


容赦の無い熱量が水精霊を蒸気へと変化させてしまう。

高温の蒸気が廃墟に霧散していく。


「終わりか?」


言葉とは裏腹な催促。
彼を止める為には立ち止まる訳にはいかない。

彼女は用意していた次の魔法を解放する。


ウィンディーネは頑張ってくれた、まだ終われない。

開かれたページは時をも凍てつく悲嘆の川。


『コキュートス』


栞を介して具現化される濁流の様に荒れ狂う絶対零度の吹雪が先程の水蒸気を瞬く間に凍らせていく。

それは蒸気に触れた彼の体も同じだ。


「なるほど」


氷付けにされていく状況にも、彼はさして動揺が見られない。

微かにその指先が動いた気がした。


やがて吹雪が終息した空間は、その一部だけが全て静止したようである。

その中で目を閉じ、硬直する彼。

彼女の魔法は全て彼女意思だ、従って命を奪う事は無い。

止まった彼を眺め、彼女は無意識に安堵の息を吐いた。

その瞬間、硝子が割れるような音が廃墟に響く。

驚いて目を向ければ砕けた氷片。
そして、自身の掌を眺める彼の姿。

魔法の終息に連動し、内側から斥力で氷を吹き飛ばす遅効性の魔法。

凍てつきながら彼が仕込んだのはその数式だったのか。


「……っ」


キラキラと氷が砕け散り、眩い。
しかし、彼女の瞳には光よりも強い恐怖が宿っていた。


「さて、そろそろ戯れは時間切れだ」


口元に宿る笑みとは裏腹に、その赤紫の目は苛烈さを宿す。

一歩、一歩近付く姿は恐怖を喚起させ、身がすくむ。


「道を開けて貰うぞ?」


やがて、そのチョークを振り上げられた。


「良くやった、四魚綺咲!!」


彼の後方、幾重に積まれた瓦礫の上に身を晒したのは
ずっと息を潜めていた彼女の仲間。


その手に握られた黄色のチョークは既に数式を書き上げている。


「お前が、色々と入れ知恵していたのか」


その言葉の応では無く、仲間の青年は数式の解を唱えた。


「以上の解を以て、射抜け!!」

『サンダーボルト』


黄色の閃光が真っ直ぐに飛来する。

彼はそれを交わすために横へ身を移行した。


『一点』


仲間はそれを見逃さず、数式の解放を続ける。

横凪ぎに払った腕に呼応するように、雷撃が屈折点を経て直接的に曲がった。

彼は追撃から逃れる為に身を翻す。


『二点』


次は斜めに空間を裂くように、雷撃が曲がる。


「次を交わせば、終わりだな」


彼が不敵に笑い、再びの転換を試みた。


『三点』


そして、最後の屈折点を雷撃が通過する。

彼はそれを斥力操作で中空へ身を置き、回避し抜いた。


「終りだ……五鴉斎!」


そして、仲間はニヤリと笑った。


その言葉に違和感を感じた彼は、辺りを見て軽く目を見張る。

その体周辺には、無数に散った氷片が輝いていた。


「今だ、四魚綺咲!!」

「はいっ!」


少女の魔力を得た氷片は、まるで水晶体のように、透き通る。

そこに先程仲間が放った雷光が通過した。
光は光を生み、連動する。


「以上の解を以て、照射しろ!!」


仲間と共に少女は魔力を収束させた。


『イラディエイト・フォーカス』


全ての直線軌道が光速で彼を貫く。


「……っ……!」


直撃を受けた体が地面に落下した。
元々、防御も体力も乏しい彼には今までの攻撃全てが蓄積されている事だろう。


「五鴉斎、先程貴様はこれが俺の入れ知恵と言ったな?」


チョークを構えたまま仲間は近付き、口を開く。


「その答えは否だ。
この作戦は、四魚綺咲自身も提案し、成り立たせたものだからな」


仲間は自分の事のように、誇らしげに告げる。

気恥ずかしい反面、心強い気分が体に湧く。


「五鴉君……わたっ、私、確かに一人じゃ貴方に立ち向かえない。
でも、私は一人じゃ無い……それは、五鴉君も一緒だよ」


何でも一人で出来てしまうからこそ、一人で知らない所へ去ってしまうのが怖い。

一人では無い事が、彼にとってプラスで有るならば……

そう思わずには居られなかった。


「クッ、ククッ……」


彼は何が可笑しいのか、静かに笑った。


「合点がイった。これが、お前の解答か」



何時かの日常が喚起される。

「どう使うも、お前次第だ」

手渡された栞は、紛れもない自分自身の力になった。


「私は、五鴉君。貴方を諦めない」


眼鏡のレンズ越しに見上げた瞳には恐怖では無い何かが有った。


「ヤレヤレ、どいつもこいつも面倒なものだ」


呆れたような僅かに楽しげな声に、少女は期待を感じる。


「今回は、俺が退こう。
次は、油断せずにヤるが、な?」

「えっ?」

「なっ! ま、待てっ!!」


上体を起こすや否や、彼は素早く展開した移転方程式で消えてしまった。

捕らえられる事も、戻る事も無く、だ。


「ぐぬぬ……やはりあの方程式をなんとかせねばならないか……」


落胆とも怒りともとれる仲間の表情に少女は慌てて頭を下げた。


「き、木城君、あの、その、ごめんなさい」

「ん?」

「せ、折角追い詰められたのに……協力もしてくれたのに、私」

「それは貴様が謝る事では無い、早々に頭を上げろ!!」

「ひゃっ、ご、ごめんなさい……うぅっ」

「ぬぅ、別に責めている訳では無いのだが……まぁ、そう気に病むな」

「で、ても」

「あの五鴉斎相手に健闘したのだ、その点は評価に値するだろう。
次はまだ有りそうだからな」

「う、うん!」


少女が笑顔で頷くと、仲間は直ぐに背を向けてしまった。


「と、とにかく。別な地点で待機している蛍原と八蛇火澄に連絡を取って帰還するぞ!」


背を向けて歩き出す仲間の背を見つめる少女には、先程までそこに居た彼を思い出す。


「木城君」

「何だ?」


少女の呼び掛けに、振り向く仲間。


「ありがとう! 私、もっと頑張るから!!」


決意を新たに少女は笑っていた。
まだ、終わりじゃ無いから。


「……行くぞ!!」

「? う、うん」


何故か苛立たしそうな仲間は今度こそ先へ進む。

少女はその後を追いかけ、仲間の元へと歩き出す。


皆が待っている、その場所へーー











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