燦燦と日の光が降り注ぐ。
氷属性魔術使いにとっては厳しい季節らしいが、炎属性魔術使いである彼にとっては好ましい季節。
任務に向かうための足取りも、心なしか軽い。
彼……コーラルの足取りが軽いのは気候のためだけではない。
今日の任務は、恋人であるケイローンも一緒なのだ。
コーラルも本来そろそろパートナーを持つべき時期なのだが、其れを彼が買って出てくれているのである。
多少危険が伴うような任務の場合、他に用事がない時には、ケイローンも任務に同行しているのである。
仕事とはいえ、恋人と一緒に居られるというのは、嬉しい。
勿論、其れで浮ついた表情を浮かべていれば他でもない彼に叱られるし、任務中に他に現を抜かすほど抜けてもいないつもりなのだけれど。
そう思いながら待ち合わせの場所に向かっていたコーラルの足が、ふと止まった。
彼の視線の先、そこには目立つ人がいて。
猫のように癖のある銀髪に、鮮やかな金色の瞳。
人懐こい笑みを浮かべ、廊下でメイドたちと談笑している青年……ゼウス。
最高神である彼は何を思ってか、しばしば城に来てはこうして男女構わず、気にいった者を口説いている。
……その対象に彼にとって異母兄であるはずのケイローンまで含まれているのだから、コーラルとしてはたまったものではなかった。
故に、顔を合わせたくない。
寧ろ、顔を見ることすら嫌なのだけれど、本当にタイミングが悪い。
そう思っていた、そのとき。
「あ、ケイローンならさっき外に出ていったよ」
コーラルの姿を見て、彼はそういう。
何でも知っているといいたげなその表情や声音に苛立って、"知ってるっすよ"とコーラルはつっけんどんに返す。
それに気を悪くした様子もなく、ゼウスは目を細めて、いった。
「相変わらずケイローンにべったりなんだね」
そう言いながら、彼はメイドたちに手を振ってわかれ、歩き出すコーラルにくっついて歩きだす。
コーラルは迷惑そうにゼウスを睨みつけて、いった。
「っ、アンタには関係ないことっしょ」
「ありゃりゃ、何もそんなに目の敵にすることないじゃない?」
肩を竦めながら、ゼウスはいう。
目の敵にするに決まっている。
ケイローン自身がゼウスのことを嫌って……否、恐れている節があるし、実際"手を出された"ことだってある訳だし。
そう思いながらコーラルが彼を無視していれば、彼はやれやれというように溜息を一つ。
「何でわからないのかなぁ、警告してあげてるのに」
「警告?」
思わず足を止め、どういう意味かとコーラルは問う。
ゼウスは金の目を細めて、言った。
「人と神の恋愛ってのは、ろくなもんじゃないよ、ってこと」
その言葉に、コーラルは顔を歪める。
……わかっている、そんなこと。
けれど其れを口に出してやるのは嫌だからと、口を噤んだままでいる。
ゼウスは小さく笑って、いった。
「神に気にいられる人間っていうのは珍しくもないよ。
寧ろ僕も、綺麗な女の子や男の子は大好きだしね」
聞いたことくらいはあるだろう?
その問いにも頷けるが、コーラルはわざと反応をしない。
其の先に続く言葉は、想定できていたから。
「でもそれで上手くいった例を見ないんだよなぁ」
ゼウスはそういって、笑う。
……嗚呼、わかり切っているさそんなこと。
そう思いながらコーラルは拳を握った。
ゼウスはそんな彼の顔を覗き込んで、言う。
「其れは神(ぼくたち)にとっては大した問題じゃないけど、人間にとってはそうじゃないよね?。
気まぐれで遊んで居られるほど、人間の寿命ってのは長くないんだしさ」
だから、お互いのためにならないと思うよ。
ケイローンにも再三いってるんだけどなぁ。
そんなゼウスの言葉を無視して、コーラルは足を速めた。
"今は"天罰当てる気もないから。
そんな勝手なことを言う最高神を背に、コーラルは地面を強く蹴った。
***
任務地についてからも、呪いじみた最高神の言葉は頭を離れない。
隣で、自分と一緒に戦ってくれている恋人の方へ視線を向けた。
彼が本気で戦う必要など無い相手。
ただの魔獣だ。
彼はコーラルの任務の邪魔、基"コーラル自身の成長の妨げ"にならないように注意しながら適格なサポートをしてくれている。
そんな彼の気遣いはわかっているから、コーラルも必死に任務に集中しようとした。
長い槍を振るう。
魔獣の脳天に一撃強い打撃を食らわせて、怯んだその喉元に穂先を突きさす。
後ろから飛びかかってきた魔獣は、ケイローンが弓で撃ちおとしている。
きっとその気になれば、彼は一瞬で片をつけられるだろう。
そうしないのは自分のため。
でも万が一自分に危険が迫れば、彼は自分を守ってくれるだろう。
どうあがいても埋まらない差。
それは、年齢や経験の差だけではない。
最初から、わかっていた。
そもそも一度、彼を冥界まで迎えにいったこともある。
本来そうした場所に居る存在であり、人間界でこうして過ごしていることがイレギュラーなのだということを知っている。
きっと、本来なら上手くいくはずのないものなのだろう。
神と人間の恋愛というのは悲劇で終わることが多い。
それも大抵は、人間側の死や神の心変わりなんかで。
別に、彼の気持ちを疑う訳ではない。
遊びで自分をどうこうするような人ではないと思っているし、事実そのはずだから。
でも、それでも。
頭に焼き付いて離れないあの最高神の言葉と、学のない自分でも知っている神話の中の悲恋の数々。
それを思いだしては、否定したくて……
「コーラル!」
ケイローンの鋭い声ではっとした。
意識が、他所にそれていたらしい。
気が付けばすぐ眼前まで魔獣は迫っており、武器を構え直す暇もない。
傷の一つも覚悟しなければならないか。
そう思った、その刹那。
鈍い打撃音と同時に、魔獣が地面に落ちた。
それに容赦なく降り注ぐ、矢の雨。
そう言えば彼は体術も出来るんだった。
いよいよ自分ではかなうところなんて一つもありはしない。
「コーラル」
声をかけられて、顔を上げる。
気づけば魔獣の気配はほかになく、任務の完了を察することが出来た。
「どうしたのですか、らしくもないですね」
ケイローンはコーラルの顔を覗き込んで、そう問いかける。
彼がぼうっとしていることには気が付いていたし、傷を負いかねない場面も"視て"いた。
だから、気にかけてはいたのだけれど、その理由までは無理に知ろうとはしていない。
体調でも悪いのかと問いかける彼に、コーラルは首を振って見せる。
魔獣の血で汚れた槍を軽く拭い血を落とすと、笑顔を向けた。
「……少し、疲れただけっすよ」
こんなことで誤魔化されない彼なのはわかっているが、自分が"話したくない"と思っていることを悟れば深追いしてくることもないだろう。
そう思って、コーラルは笑う。
案の定、ケイローンは複雑そうな表情を浮かべた。
何か聞きたげな表情を浮かべた後、緩く首を振る。
そうですか、ならば帰りましょう。
そう言うケイローンに頷いて見せて、コーラルはその手を握る。
彼の手を握る手に力がこもるのは、どうしようもないことだった。
―― 飲みこんだ問いかけ ――
(ずっと傍にいてくれるよね、と聞きたい。
でも、それですぐに答えてくれなかったら、それこそ立ち直れないから)
(正直な先生が嘘をつけないことはわかってる。
だから、俺はわざとその問いを避けたんだ)